理不尽は思春期の心の成長の現れなのか

このブログは子どもたちが生まれることを機に始めた育児ブログです。小学 5 年生の子どもたち。生まれてからもう 10 年以上経っています。第一子を授かるタイミングで第二子まで授かってしまい、育児初心者の嫁さんと私のドタバタな育児生活はスタートしました。振り返ってみるとこの 10 年はあっという間でしたが、蓄積されている疲弊感は確かに存在していますし、子どもたちの人生フェーズ毎に異なった種類の大変さや困難やストレスがあり、各フェーズ毎にまた新たな経験を積まなくてはならなかったりして、二人目以降の育児の方が楽に感じると言われる背景でもあるように思えます。
幼少の頃のように体調だとか病状や発育で悩ましいことは随分と減りましたが、今では中学受験に向けた勉強に取り組んでいることもあり、学力が専らの悩みになっています。その一方で、勉強の取り組みにも関係しますが、子どもたちの心の成長、思春期だとか反抗期の原因となるようなところも最近は気になって来ています。
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気持ちの整理は難しい
このブログでは何度も触れていますが、竜太の勉強に対する態度は物凄く悪いです。簡単な問題は良いのですが、少しでも難しくなって解けなかったり誤答となると機嫌を損ねて悪態をつきます。その言動は本当に理不尽で支離滅裂です。本人はそれで自身が許される、理解される、道理の行く話と思われると考えているようですが、内容的にさっぱり辻褄が合わず関係の無いことを理由にしていたりしてめちゃくちゃです。その一つ一つをロジカルに無理があると説明しているのですが、竜太は納得しません。恐らく頭や理屈での理解はある一方で、気持ち的に納得出来ないのだと思います。感情や気持ちの部分で受け入れることが出来ないのだと思います。
人間は感情の生き物です。大人だって自身の気持ちや感情を制御するのは難しいことが多々あります。なので、小学生は出来なくて当たり前なのかもしれません。
思春期や反抗期が原因か
子どもたちの中学受験に向けた勉強がまだ本格化する前だったり、就学前の頃に、思春期や反抗期についての記事を目にしたことがあります。この時期、本人は心が成長している段階で、本人にすら感情や心の制御が出来ないことに戸惑い、イラついていて辛い状況と説明されていた気がします。そしてそれは必ず有限で無限ではないので、親が出来ることはそのときの子どもを見守り、気持ちを理解するくらいしかない、と。そして有限時期が終わると解決する。とは言えその解決は元に戻るのではなく新たなフェーズにシフトするでしょう。そうなるともう、大人と子どもといった間柄というより、大人と、大人が間近な子どもといった関係性だとか接し方になっているのだと思います。
竜太の言動や態度の酷さがもし思春期や反抗期の序盤によるモノだとすると、このドタバタやイライラはまだ序章に過ぎず、これからもっと酷いことが起きそうです。ましてや竜太は男の子で、背は竜子よりも少しだけ低いながらも、明らかに竜子よりも体格がガッシリしている感じがあります。そうなって来ると物理的にもヤイヤイやり始める可能性も高く、そうなるともうお互いに正面衝突すると泥沼化するでしょうね…。もしかするとこの今の状況は親である我々の準備期間なのかもしれません。竜太を放って置いて見守る精神力を養うための…。