双龍の父、大地に立つ

双子座、AB 型、晩婚理系男子が双子を授かりました

課題先送りの不安 (子どもの未来を憂う)

   

子どもたちをいつも通り保育園に連れて行き

いつも通りの道を歩いていたのですが

丁度、道の傍らにゴミが出されていました。

そのあたりはゴミの日だったのでしょう。

1 つのゴミ置き場は何世帯分を担っているので

それぞれの世帯がゴミを出すと

トータルで結構な量になっています。

もさっと。

道を歩いていると

そんなゴミ置き場が

一定の間隔で現れます。

その結構な量が定期的に目に入り

そういえばゴミも社会問題だよなぁ

とぼんやりと物思いしていました。

ですが、社会問題はどれも難しい課題ばかりで

未だ、解決の目途も立っていないという。

よくよく考えると将来が不安になりますが

この感触、確か幼少の頃にも覚えたものでした。

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授業で習う社会課題の提議が投げっ放し

主に小学校の頃だったと思います。

恐らく、科目は社会です。

私は小学校の頃から既に理系人間だったので

国語とか社会は

そこまで興味を持てなかった記憶があります。

ただ、社会で扱われる現代社会の課題については

妙に頭に残りました。

恐らく当時学んだモノの中で

今でも覚えているモノが↓のモノです。

・フロンによるオゾン層の破壊
・ゴミの埋め立て地が足りなくなる
・少子高齢化社会
・年金問題
・日本国債と財務の課題
・食料自給率
・原発の放射廃棄物

課題はとても重く

解決しなければ将来的に困ることも良くわかりました。

がしかし、どれも解決の目途には触れられていなく、

事実、そんな目途すら立っていなく

生徒たちには

課題です。今後も解決のアプローチが必要です

といった締め括りで終わっていました。

これが物凄く気持ち悪かったですし、不安でした。

なぜそんな課題が残っているのに

誰も何もしないのだろう、と。

大人たちは解決の努力を見せることもなく、

毎日淡々と過ごしています。

なぜだろう、と。

大人になり子育てをする立場になってわかったのですが

そんなところまでケアする気力や時間や労力が

全然足りていないので

頭で分かりつつ、行動に移せないのです。

もっと言ってしまうと、解決のための良いアプローチが存在せず

行動に移せるものがなかったりもします。

課題解決を目指す勇者が足りない

多くの人は難しすぎる課題に対して

目を伏せて、見えないふりをして

解決を先送りにしたり

考えないようにします。

しかし、

社会課題に目を向けて

自分の生活に落とし込み

個人が出来ることは何か考えるのが自然な流れです。

そのときに個人のアプローチは主に 2 種類あるように思えました。

1. 自分だけでも生き残る方法を模索
2. 多くの人が困らないように解決を目指す

大人になってわかったのですが

多くの人が前述の通り、何もしません。

一方で、行動に移す人もある程度居ますが

そんな人の大半が “1” な気がします。

まぁ資本主義のシステム下において

競争の原理もあり、

生き残り = 競争の勝者

とも考えられるため、”1″ となる人が多いことも自然に思えます。

ただ、小学校の授業での訴えかけの本意や狙いは

将来、子どもたちが大きくなって “2” となる大人を増やし

技術力や化学力や、もしかすると社会活動により

社会課題を社会レベルで解決することに思えて来ます。

そうでなくては、

社会福祉として公立の授業料が免除されている理由が解せません。

何も個人が周りを出し抜いて生き残って欲しいのではなく

そこで受けた教育を活かし、社会に貢献することを望んでいる訳です。

とは言え、そんな重い課題を背負う子どもたちは大変です。

大人や先人が勝手に置き去りにした課題、と思うかもしれません。

原発の放射廃棄物なんてまさに。

とは言え、過去を呪ったところで変わりはしません。

大人たちはせめて、志高い新たな大人が生まれるように

大人たちも志を持って、子育てに向かい合う必要がありますね。

その中で、勇者が現れることを祈って。

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