双龍の父、大地に立つ

双子座、AB 型、晩婚理系男子が双子を授かりました

この辛さにも意味があり適材適所

   

このブログは子どもたちが生まれることを機に始めた育児ブログです。子どもたちは小学 5 年生になりました。今では生活時間の大半を中学受験に向けた勉強に費やしていますので、このブログで触れる話も勉強や学力だとか成績だとか、そんな話が多くなっている感があります。子どもたちが逸脱した才能を持ち合わせていて、受験だとかそこに向けての勉強が順調で不安も無ければ心も穏やかかもしれませんが、我が家の子どもたちは平凡極まりない親の私からすると優秀ながらもそういった域に達する程の才能がある訳ではありません。常人の中ではそこそこ良くやっている程度な感じで、やはり蛙の子は蛙、血は争えないです。という訳で、最近の成績は受験やその勉強に関する不安や心配や焦りや苛立ちや、平穏とは程遠く辛い日々になっています。

そんな心に余裕の無い日々を過ごしていますが、ふと、以前耳にしたことのある言葉を思い出しました。格言、という訳では無いのですが、誰か、だったのか何かの映画なのか漫画なのか、小説なのか有名人の言葉だったのか、さっぱり思い出せませんが…。

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選ばれたのだと

困難な目に遭っている際、その運命を恨み、その試練に押し潰されそうになることもあると思います。なぜ自分がこんな目に遭うのか、なぜ自分なのか、と。そんな状況において、こんなことを言われていたことを思い出します。神様は乗り越えられない試練を与えない、といった内容だったかと思います。その試練は他の者では耐えて乗り越えることが出来ない。でも自分なら必ず乗り越えられると思われて与えられた試練なのだと。そして今このタイミングでその試練に立ち向かうのには意味があることなのだと。それを乗り越えて得られるモノが、この先の人生に必要なのだと。

勿論、極限状態で生命に関わる苦難に見合っている場合は逃げるという選択肢も必要です。その場合、その試練の正しい乗り越え方は逃げること。試練に直面している運命を嘆くのではなく、選ばれたのだと前向きに捉えて、それをどんな方法で乗り越えてやるのか考えて実行する。これを求められているのだと思います。

今の生活の困難も与えられた試練

ここまで生き永らえた私は運が良かったと思っています。努力はかなりしましたが、それでも学力的には不十分な中、運良く志望校に合格し、その当時就職はかなり困難な時代にも関わらず、恵まれた職場環境の安定した企業に内定を貰えて社会人を始めて、思い返せば何不自由無く生活して来れていました。それでも何かに挑戦したいと思う気持ちもアリ、意を決して転職をし、これまた働き易い環境で仕事と子どものコトを含む家庭との両立を果たしています。本当に運が良かったと思っています。

生活が困難という訳では無いながらも、毎日色々な取り組みでヘトヘトになっていたりして、家族が心の支えであることには変わりないながらも、自分のコトを棚に上げれば色々と難がある家族との共同生活はストレスフルで、最近は毎日イライラしている気がします。でも前述のような試練の捉え方をすることで、少し肩の荷が降りるようなそんな気持ちもします。私は今、試されているところで、私に必要な力を身に付けるための試練に取り組んでいるのだと。そしてこの試練は他者では到底耐え切れるモノではなく、ここまで何とかやって来れたのも、私だったからだと思えば、少し気が楽になります。直面している現状は変わらないのなら、せめて気が楽になる捉え方をした方が得です。気持ちはコントロール可能だったりもします。

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