中学受験は社会競争の事前体験かも

このブログは子どもたちとの育児生活を中心に綴った育児ブログです。子どもたちが保育園に通う頃は、子どもたちの病状や発育に頭を悩まされ、私の時間の使い方もその対応に殆どを費やしていました。一方、今では子どもたちの勉強や成績について頭を抱えることが多くなっていて、親子共々、中学受験に向けた勉強に多くの時間を費やしています。私は高校を卒業するまで、両親と共に地元で田舎暮らしをしていました。なので、このような都会の中学受験の取り組みは人生で初めてのことで、あまりにも大変な取り組みに驚かされています。
田舎は選択肢が無く不自由で、都会は色々と選ぶことができる自由があります。中学が沢山あり、そこから中学を選ぶ自由については、残酷なまでにも力に基づいて公平で、社会での競争そのものにも思えました。
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世の中は弱肉強食
人間は他の動物と異なり、分業で時間効率を高めて繁栄していきました。勿論、他にも分業する動物は居るのですが、当たり前ですが人間ほどではありませんし、多岐に渡る人間の分業を他の動物に見い出すことは不可能と思います。それであれば人間は人間同士、常々仲良くやっているかというとそうでも無く、今も国際的に紛争が生じていてピリピリしていますし、国同士といったスケールでなく身近なコミュニティだとか仲間内であってもイザコザだとか小競り合いみたいなことは起きます。
個人では無くもう少しスケールを大きくすると、市場で企業同士は競合し、より魅力的な商品・サービスをより魅力的な価格や方法で顧客に提供するようになります。また、もう一度個人に話を戻す場合においても、お互い競い合い切磋琢磨して高め合うといった側面もあります。
といった感じに、競い合うことにも良い面もあったりしますが、特に自由な何かについては競争原理が働き、力を持つモノに権利が与えられる傾向にあると思います。こういった側面が、人間社会においても弱肉強食と言われる所以だと思います。
中学受験の結果が意味するモノ
私は高校を卒業するまで、進学先を自身で悩み選ぶようなことはしたことがありません。選び挑戦するようなことは、大学受験からです。それまでは限られた選択肢の学校の中からほぼ自動的に選ばれ、そこに挑戦し、合否があるだけです。一方、都会暮らしをしている子どもたちは多くの中学の中から自身が憧れる中学を自らの手で選定し、そこに向けて挑戦します。魅力的に見える学校はやはり人気も高く、多くの志望者の中での競争となります。そこで狭き門を通る人はやはり力を持つモノです。力を培って挑むために普段から自身を鍛えておく必要があります。受験においてそれは受験勉強がそれに該当し、どれほど自身に必要な力を理解してそれを望み、手に入れるために受験勉強に時間を費やしたのか。ただ時間を使うだけでなく、効率良く自分の力になるような時間の使い方をしたのか。
こういった経験は小学生がするには酷に思えますが、実は世の中、そんなモノな気もします。社会に出てチャンスをつかむ人はそこに向けて不断の努力を積み重ねつつ、しっかり自身の力を培っていた人だけ。更にそれだけでなく運も味方にしている人。厳密には運が味方になる程の力を備えている人、です。そういった社会の厳しさを中学受験の取り組みで小学生は事前経験をすることが出来るので、合否関わらず、良い経験になると思います。