お小遣いをあげる場合の覚悟
このブログは子どもたちが生まれることを機に始めた育児ブログです。子どもたちとの育児生活を中心に綴っていますが、最近では子どもたちの中学受験に向けた勉強だとか学力について触れることが多くなっています。子どもたちは今や新小学 5 年生。昨年よりもなお一層、受験に向けた勉強が激化しています。新小学 5 年生のカリキュラムは今月からスタートしており、まだ慣れないでいます。まだまだ手探りで悩ましい話がどんどん出て来そうで、このブログでもそういった話題が多いと思いますが、今日は最近に珍しく勉強とは少し距離のある話です。
各ご家庭によって異なる話は色々あるかと思いますが、お金に関するモノは子どものみならず大人も含み色々と考え方があって差異があると思います。子どもの話で言えば、お小遣いです。
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お小遣い制は見送りたい
子どもが生まれる前だとか、子どもたちがまだ小さい頃は、お小遣い制を取り入れて子どもたちのお金に対する正しい理解だとか、投資や資産形成に関するリテラシを上げたいと思っていました。が、いざ子どもたちが成長してお小遣いもそろそろ考えないといけない年齢になると、当初思っていた思惑を果たせるほど時間だとか体力的な余裕が無いことに気付かされます。そしてお小遣い制の導入はずっと保留が続き、今に至ります。基本的にお小遣い制を取り入れていないのですが、嫁さんが一部取り入れている感じです。
前述のように思惑だとか狙いがあり導入するお小遣い制なら良いのですが、嫁さんが導入したような成果報酬型のお小遣い制は導入例としてダメなパターンだと思っています。成果報酬型と表現しましたが、要するにテストの点が良ければ貰える、みたいなやつです。これをやってしまうと、自らのために勉強せず、報酬のために動くようになると言われているからです。
上げているなら文句は言えない
私が幼少の頃、一応、お小遣いはありました。ただ、毎月定期的に貰えるとかそういうのではなく、お年玉とか、何かの折に貰うような感じ。貰ったら貰ったで自由にお金を使わせてもらえる訳では無く、結局、親にお小遣いで買っても良いかと伺う感じだったので、実質的にお小遣い制でも何でもなく、途中でその感じに気付いた私は、自ら手持ちのお金を親に渡して、必要なときに誰のお金とかどうでもいいので必要分を貰うようにしました。
嫁さんは成果報酬型のお小遣い制を取り入れてしまっており、子どもたちは自分のと自覚するお金があります。これを使う際に色々と口出しをしたくなりますが、そこで文句を言ったりすると私の幼少の頃の二の舞ですので、グッと我慢。ただ、一方の嫁さんはそんな風に考えているかというと怪しいように思えます。これまでの傾向上、口出しすると思います。何のためにお小遣いを上げているのやら、謎です。お小遣い制を取り入れるのなら、口出ししない、我慢するという覚悟が必要なのに…。