自分以外の人との連携
このブログは子どもたちが生まれたことを機に始めた育児ブログです。子どもたちの育児生活を中心に綴っていますが、最近では子どもたちの勉強とか学力に関する話が多くなっています。まだ小学 4 年生で、もうすぐ新小学 5 年生になるので、中学受験に向けた勉強がどんどんと激しくなっていることが原因です。
子どもたちは色々と自分で行動するような範囲も広くなってきました。子どもたちはあまり多くないながらも、自分たちで考えて決めることも増えて来ました。いつも通りの選択であったり、いつもとちょっと違う選択だったり。日常生活においても、通常や日常から外れて新しいことを試すことは発想力だとか創造性の観点ではかなり重要で大切なことと思います。が、集団生活とか集団行動となると、普段と異なる行動を取られるのは非常に厄介です。何かあったときに想定外の動きをされると周りがフォロー出来ません。子どもたちの世話をして面倒を見ている私もまた、子どもたちの気まぐれに大きく振り回されたりします。子どもは本当に自由気ままです。
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忘れ物を届けようと走る
このブログでは何度も触れていますが、うちの子どもたちは中学受験に向けて勉強するため、塾に通っています。徒歩圏内では無く電車で 15 分くらいの校舎に通っていますので、家を出ると駅に向かいます。いつも通り子どもたちを玄関で見送って部屋に戻ると、子どもたちはタブレットを持って行き忘れていることに気が付きました。
以前もペンケースを忘れていたので急いで追いかけて渡そうとしたのですが、子どもたちは普段と異なる道順で駅に向かったようで、私が知らぬ間に追い越していたらしく、追いつかなかったと思い込んで帰路につき歩いているところで子どもたちと遭遇しました。がしかし今回は子どもたちに追いつくことも、後で遭遇することも出来ませんでした。恐らく、更に異なるルートで駅に向かったようです…。
定番、定石、常識にはメリットも
固定概念だとか従来手法の踏襲で凝り固まるという話はよく耳にしますが、やはり自分一人ではなく周りの人と関わりながら何かに取り組む際においては定番だとか定石とか常識というのはかなり役立ちます。コミュニケーションが不十分であっても、人と人の間での暗黙の了解がありますので、それを頼りに相手の考えや行動を捉えることが出来ます。長い間日本では異文化を排除して日本文化に多くの人が浸って生活していましたので、恐らく人々の間のコミュニケーションが曖昧であっても何となく伝わっていてそこまで致命的な事態に陥ることなく生活出来ていたのだと思われます。だから言葉遣いや表現が不正確であっても概ね磯疎通出来ていたのだと。一方、現代社会においては様々なバックグラウンドがあるので、正確に伝えないとどういった可能性があるかわからないので安易に決め付けたり想定することが出来ません。
このように、変わらず定番なモノゴトや振る舞い考えにおいてもメリットは存在します。意思疎通が課題となる複雑化した社会において、コミュニケーションをある程度ショートカット出来るというメリットはかなり大きいように思えます。今の時代、創造力とのバランスが問われているのかもしれませんね。