答えを見てしまう心や意志の弱さ

このブログは子どもたちとの育児生活を中心に綴った育児ブログですが、最近では子どもたちの勉強だとか成績について触れるようなものになっています。原因は中学受験に向けた勉強です。子どもたちは今や小学 4 年生の 3 学期を過ごしており、その 3 学期ももうすぐ終わりとなります。4 月からは小学 5 年生ですが、受験への取り組みにおいては、子どもたちは既に新小学 5 年生という扱いで、小学 5 年生カリキュラムがスタートしています。勉強量も年々増えており、生活の大半の時間を勉強に費やしていることからも、このブログの話題がそういった話になるのも無理はないように思えます。
子どもたち本人の受験まで 2 年を切り、緊張感がより一層強くなる中で、うちの子どもたちは相変わらずそういった緊張感だとか焦燥感が足りません。特に酷いのは竜太です。偉そうなことを口にするクセに、面倒だとか手間な努力や苦労を嫌がります。将来を見据えて行動するという大人な心や発想がまだできず、年齢よりも幼い精神年齢は目先のコトを優先しているようです。
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面倒だしわからないので答えを見る
小学生の取り組む勉強は、低学年の意味不明なくらい簡易なモノから年々難度が上がります。特に小学 4 年生前後くらいから年々難しさに拍車がかかる印象があり、それであれば小 1 や小 2 の頃にもっとビュンビュンと先に進んでおいてほしかったと思える程です。で、小学 4 年生前後から一部の小学生が勉強について行けなくなってしまい、勉強と距離を取る子も現れると思います。うちの竜太も少しそんな感じで、気が付けば色々と分からないことが増えている感じ。
そんな竜太が、塾で取り組む授業だとか宿題だとかテキストの問題内容をスッと理解している感じは無く、どのように問題に取り組んで解法を導けば良いのかさっぱりわからなくなってそうです。そんな竜太が最近取り始めた方法が、さっさと答えを見る、というアプローチです。あれこれ考えるのも面倒なので、答えを見てしまって終わらせようとしている模様。
取り組み方次第
竜太に非があるところとすれば、そういったやり方をしていることを隠し、自分の力で解いたと言い張り、しれっとシャーペンで書き込んだ答えを普通に丸にして採点している点です。その問題は計算が伴う理科の問題だったのですが、途中の計算式等々が一切なく、答えのみの記載でした。どうやって解いたのかと私が問うと、頭の中で計算したと言い張ります。答えを見て写したことを私が聞いても否定して、自分でやったと言い張ります。後に嘘を付いていて、答えを見て解説読んでわかったと正直に言った点がまだ救いですが、それも随分の間、自力でやったと主張し続けた後です。
さっぱり見当もつかない問題に時間をダラダラと使って浪費するよりも、全然わからないものをキッパリと諦めて答えや解説をよく読んで理解するという方法は悪いやり方という訳ではありません。ただ、これをやり続けると、全ての問題でまず答えを見て取り組むような形になりますので、試験本番で初見の問題に対して問題文を辛抱強く解読して答えを自身の中から捻り出すということが出来なくなります。また、答えを見て分かった気になっている問題については、翌日だとか日にちを置いて再度取り組み自力で解けるか確認する必要があります。これさえすればまぁ良いのですが、竜太にそういった態度は期待できません。
結局、竜太の心やら精神の弱さだとか幼さが起因しているこの状況、中学受験本番までに竜太が脱却できないかもしれないと最近では思い始めていて、それなりの覚悟が必要に思えてきました。