先生に聞きに行くことを躊躇う風潮の打破

このブログは子どもたちが生まれたことを機に始めた育児ブログです。子どもたちは始業式を迎え、無事に小学 5 年生がスタートしました。通っている小学校での生活も、もう 2 年もしないうちに卒業するかと思うと、月日の流れの速さを再認識してしまいます。子どもたちは中学受験に向けて勉強しており、生活時間の大半を勉強に費やしています。なのでこのブログでも子どもたちの勉強に関する話題が多くなっています。
勉強の中心は通っている塾なのですが、中学受験で取り組む勉強内容の難度は学校のモノよりも高く、漠然と説明を聞いていても聞いていなくても、後で教科書なりテキストなり読めば何とかなるようなレベルではありません。一度ついて行けなくなると、そこから先はチンプンカンプンになることもあるため、そうなったらすぐに塾の先生に質問しに行くべきなのですが、小学生にとってこれがなかなか難しいようです。不明点や理解出来ない点を家に持ち帰ってしまいます。
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聞いてはダメかもしれないという遠慮
日本の文化で育つ小学生の大半が該当するのだと思いますが、多くの子が大人に対して過剰に気遣いしているような気がします。しかも礼儀や態度といった必要な気遣いでは無く、ルール的なモノです。こういった理由でだとか、このタイミングで質問したり声をかけて良いのかどうか、手探りな感じに見えますし、どちらかというと避けているように見受けられます。何でこんな感じになるのでしょうね。先生に分からないところを聞いて教えて貰うことは何も間違っていませんし、むしろそうすべきだと言うのに。どうも輪を乱すような感じになることを察しているらしく、そういった行為はすべきでないし、してはいけないと思っているようです。
私自身も小学生の頃はそんな感じだった気がします。中学生、高校生の頃は先生に聞きに行くのが面倒だったのと、聞かずとも自分で考えたりテキストの解説で大半が事足りたので、先生に聞きに行く機会は滅多にありませんでしたが。
聞いても良いし、聞いたら褒められる体験が必要
日本の文化では、どうしても遠慮だとか輪を乱さない調和といった考え方が染み込み過ぎます。これを打破するにはやはり成功体験が必要です。質問に来る子どもたちを先生方は暖かく迎えてあげて欲しいのですが、恐らく人手に余裕が無い環境なのだと思います。例えば次の授業があったりして、教えたくても教えられないことも多々ありそうです。そういった先生が子どもたちの質問を受け付けないと、子どもたちはせっかく勇気を出して聞いたのに教えて貰えなかったという失敗体験を持ってしまい、次から聞きに行くことをより一層躊躇するでしょう。
なのでやはり対応の仕方なのだと思います。質問に来た子どもたちを足蹴にするのではなく、受け入れつつも他に手の空いている先生に回答をお願いするだとか、自身が教えられるタイミングを伝えて別の機会に教えるようにするだとか。そういったケアをし、質問に来たこと自体はその場で褒めてあげて受け入れてあげると良いように思えます。まぁ言うは易しで、実際には時間に余裕が無くそんなことも出来ないのが先生たちからすると職場現場なのかもしれません。