宝くじに散在するのが庶民感覚 ?
時代時代に、注目される “時の人” が居ます。
何かしらの理由や機会をきっかけに
発言に注目が集まるような人が現れて来ます。
それはメディア、特にテレビ業界が作為的にそうしていて
その人気を理由に視聴率を上げるといった感じです。
最近ではテレビのみならず、
youtube での露出や人気も相まって
多くの人が影響される時代になっています。
そんな人はインフルエンサーと呼ばれ
様々なメディアで注目されています。
インフルエンサーの中でも
今、最も注目されているのが
2 ちゃんねる 元 管理人の ひろゆき氏、でしょう。
そして最近、彼の宝くじに関する発言が
庶民感覚とズレていると批判を受けています。
が、その批判、ちょっとどうかと思います。
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宝くじ購入の是非
お金持ちになるための手段として
“宝くじ” みたいなものを持ち出してコメントした人が
twitter に居たらしいです。
それに対して、
宝くじの当選確率と当選時の賞金から計算出来る期待値を考えると
宝くじの購入はお金持ちになる手段として不適切であり愚かな行為
といった趣旨のコメントをして切り捨てたのが ひろゆき氏。
更にそれに対して、
宝くじは夢を買っていて、
当たるかもしれないというドキドキを庶民は楽しんでいる
といった批判・反論が続いた模様です。
このギャップが ひろゆき氏と庶民の感覚とのズレと
更にメディアが報じる。
で、ひろゆき氏の注目度を妬む潜在的な意識を持つ人たちの
ガス抜きのきっかけになりそうな感じです。
宝くじ購入の目的は購入者それぞれです。
お金持ちになるという目的での購入は
ひろゆき氏の発言が的を射ています。
当たらないと頭のどこかで分かりながらも
当たるかもと思う夢・ドキドキを楽しむ目的であれば
確かに購入しても良いでしょう。
つまり、両者の意見は正しく、
庶民感覚のズレでも何でもありません。
ただ、
庶民の多くが後者である夢・ドキドキを求めている
という仮説が通説かのように捉えると
ひろゆき氏の発言は
庶民離れしていると思ってしまうかもしれませんね。
論理的思考が出来ないのが庶民感覚 ?
双方の意見の簡単な分析・整理はそんなところですが
ここで気になるのが、庶民の基準です。
正確なことは分かりませんが
私の記憶では、中学の数学で “期待値” を学んだ気がします。
義務教育の範疇です。
勿論、数学の得意・不得意は人によって色々あると思いますが
期待値が分からない人が大半ということも無いでしょう。
とすると、庶民であっても期待値はわかるはずです。
問題は、それを生活に役立てることが出来ていないことでしょうか。
もしくは、期待値を宝くじに当てはめることまでは出来ていても
それでも夢・ドキドキを得たくて買ってしまうことでしょうか。
いずれにしても、論理的思考が出来れば
宝くじを購入したとしても、
その夢・ドキドキも確率的に非現実的なことが分かります。
100 歩譲ったとしても、
夢・ドキドキを得たいだけなら、宝くじ 1 枚だけ買えば良い訳です。
夢・ドキドキを味わいたいだけなら、何十枚も買う必要はありません。
マジョリティ、大衆の意見が
非ロジカルなものであるとき
これは非常に危なっかしさを感じます。
勉強が全てとは絶対に言いませんが
世の中をしっかり理解して、論理的に言動出来る最低限は
身に付けるべきと思っています。
そうでないと、選挙で適切な代表者を選べませんよね。
子どもたちにはそんなことをしっかり伝えたいと思います。