竜太を見守り、家庭の安全を提供する他無いかも

このブログは子どもたちが生まれたことを機に始めた育児ブログです。子どもたちが保育園に通っていた頃は、子どもたちの病状や発育に頭を悩まされ、特に病状については私の生活を大きく振り回していました。出社してオフィスについて始業して間もなく電話が鳴り、保育園から子どもたちの発熱や下痢の連絡があり、速攻お迎えのために帰るという日もありました。今では子どもたちのそういった対応は無いのですが、悩みの支配的なところは中学受験に向けた勉強だとか成績についてです。中学受験に向けた勉強において、子どもたちは既に新小学 5 年生扱い。塾でも小 5 カリキュラムがスタートしており、勉強量や難度もまた一段と上になった気がします。
学年が上がると小学生本人たちの精神年齢の成長も期待されるためか、勉強もより自学自習を求められます。中学受験が近付き、自身の本番が近付くことで緊張感だとか実感も生まれますし、精神的に成長していることにより、自ら考えて行動していくようになるからだと思います。が、うちの子どもたちはその面がめちゃくちゃ弱い。特に竜太は最悪な感じです。がしかし、外部から彼を変えることは不可能なようです。もう見守ることくらいしか…。
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自らの意思や思い以外はノイズや誤差
竜太と接していていつも思うことがあります。竜太は他者の話をまるで聞きません。一応、会話しているので聞いては居ますが、竜太の深層心理に届くことはまず無いようです。前もって警告や忠告していたことを平気でスルーして案の定失敗することは日常茶飯事。厄介なことに、その警告や忠告が 30 秒前のものであっても平気でしてくれます。分かりやすく懇切丁寧に順を追って説明したり、竜太の経験に即した例や話で伝えたりもします。そのときはわかったようなリアクションを示すのですが、その後にしっかり同じ過ちを犯します。多分、竜太は相手の言っていることを受け止める器を持ち合わせていないのか、もしくは穴が開いていてザル状態なのだと思います。
恐らく竜太にとって、他者から何か言われていることはそこまで重要視するモノではなく、何となく耳に入るモノ程度にしか感じないらしいです。何を言われようとも、そのときの自分の思いが言われていることに反している場合は、言われていること何て気にも留めずに自分の思っていることを行動に表します。その際、行動するか、指示に従うべきかといった葛藤はまず無いようです。
本人の心の成長を待つしかない
竜太には何年も言い続けて一向に直らない点がいくつもあります。もう 5 年以上も言い続けているモノもあります。自身の幼少の頃を思い出しても、確かに難度言われてもなかなか直らなかった点があったように思えますし、竜太の変わらなさっぷりを見ていると、もはやどうしようも無いように思えています。竜太が変わらないのはそれだけ竜太が困っていないことと、直さなくて今の自分で居ても良いと思えている今の環境の心地良さだと思います。
それをぬるま湯と表現することは可能ですが、竜太の生活の大半は家庭です。家庭や家族は個々のセーフティネットです。そこに安心を感じられないのであればもはや心安らぐ場所も無いということになります。まぁだからと言って最低、社会に出ても困らないように常識だとかマナーだとかそういったモノは躾けたいと思っていたのですが、それすらも受け取る器が無く、家庭の安全に浸れているのであれば、もはやもうそれはそれで良いように思えて来ました。家庭という安全を離れて、外、つまり社会で辛い目に合うのは明らかですが、そうして強くなっていってもらうより他ありません。辛い目を休める家庭で居てあげることしか、もう方法が無いようです。