勿体無いという感覚が無さそう

このブログは子どもたちが生まれたことを機に始めた育児ブログです。子どもたちはもう小学 5 年生。中学受験に向けた勉強で毎日忙しくしていて、慢性的な時間不足に陥っています。そんな生活ですので、時間はかなり貴重で有限なモノと子どもたちも実感出来るはずなのですが、その想定は大人の考え方だったり観点なのかもしれません。このブログでは何度も触れていますが、二人とも時間を無駄に使うことが多いです。竜子はまだマシなのですが、竜太がかなり酷い。勉強時間中も、取り組む問題と問題の間に理由を付けて中断を入れたがります。トイレだったり、喉が渇いたのでお茶を汲む、だったり。連続して集中して取り組むことが習慣化出来ず、むしろ断続的に取り組むことがスタンダードとなってしまっていて、どうしても勉強時間が間延びしますし、取り組む内容も完遂せずに終わってしまうことも多々あります。
最初の内容理解でそんなスタンスであればまだ何とかなるのですが、竜太の場合、時間を計ってスピードを競い磨き上げるモノだったり、何問もあってどんどん解いていかないといけない問題演習ですらそういったスタンスですので、テストや本番で必要となる処理能力だとかスピードが全然鍛えられていないような感じです。
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時間と問題を無駄遣い
算数で必要な力はいくつかある中で、計算力は基礎体力として必要となる部分です。まずは計算が苦に感じないまでの力が欲しいですし、その次のステップでは計算の正確さと速度も欲しくなってきます。中学受験では定められた試験時間の中で最大限のパフォーマンスを発揮し、可能な限り得点していくこととなります。簡単な計算問題で失点していては命取りですし、時間を要してしまうと別の問題での思考時間に割り当てる時間が無くなります。また、折角難問の解法を思い付いたとしても、答えを算出する際の計算で間違えてしまえば、思い付かなかった人と同じく失点してしまい、思い付いたところの評価を得ることが出来ません。
という訳で計算力を養うために、通っている塾の計算力を鍛える問題集に取り組んでいますが、竜太はこの教材と取り組む時間を無駄遣いしています。タイマーを使わせていますが、経過する時間に緊張感も持たず、目を擦ったり頭を掻いたり、よそ見したり、脚をブンブン振ってボーっとしていたり。そして仕方ないといった感じで問題に取り組み、集中力を鍛えていないのでまた同様に問題に取り組まず別のことに時間を費やしています。このアプローチではいつまで経っても必要な計算力を身に付けることが出来ず、繰り返しの練習になるので問題の内容と答えもそのうち覚えてしまいます。そうなるともう計算の練習にもならなくなってしまいます…。
いつまで経っても自分中心
竜太は今でも赤ちゃんのように周りが自分に合わせてくれることを前提としている言動を取ります。自身が不満なことがあれば文句を言い、満足するように変えることを望みます。自身が分からないと問題側がおかしいと発想し、自身の誤解だとか理解力の不足を疑いません。ずっとそうやって生きて来ていて、その都度、親としてその考え方や態度は間違っていると教え続けていますが、一向に変わる気配はありません。
そんな風に心が成長していない中での勉強ですので、前述のような態度を計算問題だけでなく、全般的に取っているような気がします。顕著なのは国語の読解問題です。読解問題は繰り返し同じ問題を解き直すような練習は出来ないので、初見の取り組みだとか解説を受ける前の自力での理解と設問への回答を真剣に取り組んで欲しいのですが、本当にダラダラとやっています。制限時間も気にしませんし、回答の空欄にも課題感はありません。少しは後ろめたさがあるようですが、それでもあまり深層心理、そこまでの危機感を持っていないようです。次の問題やテストの機会でも同様な態度で取り組んでいますので…。
竜子と竜太には色々と問題に取り組ませていますが、それでも国語の読解問題の数は有限ですし、取り組みにも時間を要します。竜太はそういった限りある時間と問題数が貴重であるという感覚があまり無く、そんなことよりも自身の価値観で時間を浪費しているように思えます。このままズルズルと何も変わらず 5 年生が終わり、6 年生になって受験もあっという間に終わってしまいそうです。