子どもたちの努力は報われるのだろうか

このブログは子どもたちとの育児生活を中心に綴った育児ブログです。最近、このブログでは子どもたちの勉強だとか成績の話がかなり多くなっています。小学 5 年生の子どもたちは、中学受験に向けた勉強に多くの時間を費やしていることがその原因です。
子どもたちの勉強は、通っている塾の授業、宿題、テスト勉強が中心です。うちではかなり勉強の優先度を上げて時間を多く費やしていますが、それでも子どもたちの成績はあまり振るわず、志望校の射程圏内からも外れて来ています。こうなって来ると日々の努力が虚しくなって来ます。せっかくここまで頑張っているのに、手応えだとか順調な感触や手応えすら感じ取れないとなると、果たして何のために色々なコトを犠牲にして勉強に注力しているのか分からなくなります。
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費やした労力と時間に比例しない結果
子どもたちは中学受験に向けた勉強に時間を費やす一方、残っている習い事を除きその他のコトについては割り切って手を出さない、取り組まないようにしています。習い事についても縮小を考えていて、そのうち受験勉強 1 本になるでしょう。それでも子どもたちは時間不足になることが多いため、学校に塾のテキストの一部を持っていって、貴重な休憩時間に取り組んだりもしています。そして小学 5 年生になると子どもたち本人も含み、同級生の子たちにも色々な考えや好みが強く生まれているらしく、休憩時間にまで勉強している姿を良しとしないで見ている子もどうやらいるようです。”勉強しているアピール” のような言われ方もどうやらすることもある模様。これ自体、事情が分からない人の狭い価値観での難癖なので、放って置くのが得策と思います。アピールすれば合格する程甘い世界でも無く、そうでもしなければテスト対策もままなっていないという大変さを知らないが故のものです。住む世界が違い過ぎるので、致し方無いと思います。
その一方、問題は結果が出た後です。テストなり、入試本番なり、結果が出たらそれまでの苦労や努力よりもそちらに目が行きます。むしろ、結果が振るわなかったときには、あのときあれ程頑張っておいてその結果なのかと蔑まれ兼ねないのが心配なところです。必ずしも努力と労力に応じた結果が伴うモノでも無いことはそんな人たちに理解出来るモノではないでしょう。
報われるのは狙ったタイミングや形では無いのかも
努力だとか苦労だとか労力の類は、必ず何かしらの形で結果に影響をもたらします。それがターゲットにしていたモノであれば狙い通りですし、取り組んでいる人からしても達成感を得られるでしょう。受験に向けての取り組みであれば、合格という結果に結び付くか否かです。ただ、その一方で自身の経験なり努力が思いもよらないところで効力を発揮したり影響を及ぼすことも、人生においては多々あります。特に学習においては、子どもたちのこれからの長い人生の全般に影響を与えるモノだったりもしますので、必ずしも受験の結果だけに焦点を当てるべきでもありませんし、ましてや模試やテストの結果だけに固執するのも間違っていると思います。テストや模試で現れなかった学力も存在するため、もう少し長い目で見てあげる必要もあります。最終的に入試本番で効いて来るかもしれませんし、そこで効力を発揮しなくても、その先、例えば中学からの授業だとか、大学入試だとか、もしくは大学生や大人になってからの勉強に役立つ可能性だって十分あるのです。
と言った具合に考えないことには、子どもたちの今の報われない状況が不憫でなりません。報われない子どもたちがいつか日の目を見ることがあるのか否か。親はただただ、”ある” と信じる以外にありませんね…。信じることは物凄く大変で難しいことです。