嫌いなものは仕方無いのかも

このブログは子どもたちが生まれることを機に始めた育児ブログです。子どもたちが保育園に通う頃は子どもたちの病状や発育で頭を悩ませる日々でした。保育園からは子どもたちの発熱や下痢の症状と急ぎ迎えに来るよう連絡が入ることも多々あり、仕事もその他のプライベートの活動も優先度を下げて、子どもたちのことを最優先にして取り組んでいました。
今では勿論、そんなことになることは滅多に無い生活となりましたが、子どもたちの勉強や生活態度が悩みのタネとなっています。特に竜太に対しては悩ましく、親としても色々と受け入れる必要があることも多々あるように思えて来ました。親子と言えども、別の個体です。双方に合わないことも色々ありますからね…。
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子どもたちと過ごして培った思い
数年前まで、育児に参画しない父親がどうのこうのと世間で言われていて、その一方で育児に積極的に取り組む父親をイクメンとかって言われていた気がします。最近ではそんな言葉もあまり耳にしなくなりましたが、それはうちの子どもたちの年齢がそんな言葉に触れるような年齢ではなくなったからと思いますが、世間一般でも育児に取り組む父親の数も以前より増えていて、わざわざイクメンという言葉を使う程の特別感も薄れたのでは無いかと思っています。世間の傾向関係なく、我が家では大人手不足が慢性化していますので、何とか生活するためにも私は子どもたちのことを色々と取り組んで来ました。
その中で、恐らく私は平均的な親子の接点の頻度だとか時間を超える程の関わりを持ち続けたと思います。なので、そうした中で感じる子どもたちに対する思いや感覚は、たまに育児に携わる親のような表面的なモノではなく、子どもたちと多くの時間を共にして芽生えたモノです。それがポジティブなモノであろうと、ネガティブなモノであろうと、そんなふうに感じるのは事実です。
家族であっても嫌い
子どもたちそれぞれにはそれぞれの感覚や思いが私の中で出来上がっています。勿論それは恒久的なモノでは無く、更に数ヶ月だとか数年でガラッと変わる可能性もかなり高いです。がしかし、現時点において、竜太については嫌いと思える点がかなり多く、ポジティブに考えようにも今時点で好きと思えるところが殆ど無いようにも思えます。親が実の子に対してそんな思いを持つというのは私自身、かなりショックではありますが、本当に思いつくところどれもこれも嫌いなポイントばかりです。同じ家族なのだから、近過ぎるが故に見えていないこともあると思いますが、私が嫌だと思える点は人間性のところなので、もし家族でないなら距離を取って関わらないでおこうと思ってしまいそうです。
この感覚は私が私の父親に持つ感情と同じだったりします。私は父親のことが嫌いです。中学生や高校生の頃は、反抗期によるモノと思っていましたが、大人になった今でも父親の思想や哲学だとか考え方および取る行動が嫌いです。私が子どもを授かることとなり、父親になり、実の子どもに嫌われることを想像出来るようになると、私の父親のコトを不憫にも思えましたが、だからと言って父親のコトを受け入れることは出来ない程に今も嫌いです。
まぁ数年前は竜子に対して嫌悪感を持っていて、一度は竜子を見限っていましたが、最近は随分と様変わりしています。竜太に対しても変わって来るかもしれませんが、竜太が竜子のように変わっていくのかどうか不明ですし、竜太の頑固なところを鑑みると無理そうに思えています。